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医療の現場を支え、人々の健康を支える。
「輸液の大塚」は、一日にして成らず。
輸液

包装もまた品質なり。大塚グループには、そんな哲学がある。どれだけ優れた「中身」をつくったとしても、それを世の中に届けるための「包装」が優れていなければ意味がない。いつでも、それを手にする人、それを使う人のことを考えて、最後の最後まで品質にこだわり続ける。ものづくりに対するそんな執念は、大塚グループの原点ともいえる輸液事業の歴史の中に見てとることができる。

輸液、いわゆる点滴液は、生命を維持するための基礎的かつ重要な医薬品。幅広い診療科で使用される、医療にとって必要不可欠な存在である。大塚グループの発祥の会社である大塚製薬工場が輸液の製造を開始したのは、今から75年前の1946年。敗戦からの復興を目指すこの国にとって、人々の健康とそれを支える栄養がきわめて重要だった時代。ヒトの体内に水分と電解質を送り、体液を正常な状態に保つ。病気や治療で食べられないときに、血管から必要な栄養を補給する輸液は、医療の現場を下支えするだけでなく、この国の未来を支える存在であったのだ。

輸液の製造を開始した当初から、大塚製薬工場はその「中身」だけでなく「包装」にも情熱を注いできた。当時の輸液容器はガラスでできており、重くて割れやすいという欠点を持っていた。それを解消するために、プラスチック素材に目をつけた。大塚製薬工場は、スイスの企業に技術援助を仰ぎながら、1968年に日本で初めてのポリエチレン製輸液容器を開発することに成功する。以来、医療の現場では、軽くて丈夫なプラスチックボトルが使われていくことになった。

しかし、当時の従業員たちはそこで満足しなかった。ポリエチレン製の容器には、透明度が低く、高温で滅菌できないという課題があった。それをなんとしてでも解消してやろうという執念が、次の進化を生み出すこととなる。着目した素材は、ポリプロピレン。耐熱温度が高く、無色透明に近づけることができるこの素材を、二軸延伸法と呼ばれる特殊な製法を用いて成形。いくつもの試作を経て、1972年に工場での生産を開始する。それは、この国の輸液容器が、ガラスからプラスチックへと大きく移り変わり始める歴史的な瞬間であった。

包装もまた品質なり。大塚グループの輸液は、それからも進化を続けてきた。1986年にはソフトバッグ輸液、1994年には容器の上下2室に薬液を分けたダブルバッグ輸液を開発。これは、使用前に両手で勢いよく押して隔壁を開通させ、無菌的かつ容易に薬液の混合調製をおこなうことができるものである。そして、2004年にはトリプル(3室)バッグ輸液、2009年には上下2室のソフトバッグに二つの小室を加えた、世界初のクワッド(4室)バッグ輸液を開発。利便性を高め医療過誤の防止にも貢献する製品として医療現場から高い評価を得ることとなる。
 包装もまた品質なり。国内過半数のシェアを持つ、輸液のリーディングカンパニーとなった現在においても、その哲学は輸液の進化に貢献し続けている。