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新たな治療法を切り拓く、
画期的な医薬品を開発せよ。
水利尿薬/ADPKD治療薬

「いま一番ほしい薬は何ですか?」1983年、当時の大塚製薬社長 大塚明彦 は、空港で偶然出会った医師に尋ねた。「水だけを出す利尿薬がほしい」。医師の答えは切実なものだった。心不全や肝硬変などが原因で起こる低ナトリウム血症は、体内に過剰な水分がたまることにより血液が希釈され、血中のナトリウム濃度が低下する病気。けいれんや発作などを引き起こし、死に至ることもある。当時、低ナトリウム血症に対する有効な薬はなく、治療現場では患者にとって大きな苦痛となる水分の摂取制限が行われていたのだ。

経口投与ができて、体内の電解質は排出せず水分だけを排出する薬。現場のニーズに応える挑戦となったその開発は、平易な道ではなかった。水分の再吸収を阻害する作用を持つ化合物を探し続け、出発点となる化合物に出会うまで3年。数千個の化合物を「作っては試す」を繰り返し、後に新薬となる化合物の構造が見つかったのは1991年。プロジェクトの開始から8年もの月日が経っていた。「会社は辛抱強く待ってくれた。世の中のためになることを続けさせてくれる土壌があった」。当時の研究者はそう語る。粘り強い研究を続けて開発された“水だけを出す利尿薬”が、アメリカで低ナトリウム血症の治療薬として発売されたのは2009年。日本では、2010年に心不全における体液貯留、2013年には肝硬変における体液貯留に対する利尿薬として承認された。研究開発のスタートから四半世紀。研究者たちの執念が結実した瞬間であった。

この化合物の研究を続ける中で、まったく別の難病への可能性が浮上していた。遺伝性の腎疾患、常染色体優性多発性のう胞腎(ADPKD)の新たな治療法となる可能性である。当時、ADPKDはあまり知られていない病気で、根本的な治療法も確立されておらず、正確に診断して治療を施すことができる医師も多くないといわれていた。その中で2004年、ADPKD治療薬の臨床開発がスタート。日米欧共同のチームが組織され、世界15カ国1400人以上を対象に、初めての国際共同臨床試験に挑戦することになった。

2007年、大規模な国際共同臨床試験を開始。その結果を2012年にアメリカ腎臓学会で発表、国際学術誌に掲載された。日本では2014年に承認され、世界初のADPKD治療薬となったが、アメリカでは承認取得までに様々な障壁が生じた。しかし、研究者たちは「アメリカの患者さんにも当然届けるべき」という強い信念のもと、必要な取り組みを着実に実行し二つ目の大規模臨床試験を完遂させ、2018年、ついにアメリカでの承認を得ることができた。

ファースト・イン・クラス。新規性と有用性が高く、従来の治療体系を大幅に変えるような画期的な新薬を、医薬品業界ではそう呼ぶ。そして、ファースト・イン・クラスが生み出される背景には、気の遠くなるほどの時間と、想像できないほどの苦労がある。
 心不全・肝硬変における体液貯留の治療に貢献することとなった新しい利尿薬として。根本的な治療法が確立していないADPKDの治療薬として。大塚グループ研究者たちの執念が生み出したグローバル医薬品は、現在世界40以上の国と地域で使用されている。